兵庫県告発文書問題は2つの側面で日本を揺さぶる

この4月末に岩波書店から刊行された私執筆の書籍『兵庫県告発文書問題 なぜ日本を揺るがすのか』、その「まえがきに代えて」の文章と目次をここに掲載する。
奥山俊宏@theLetter 2026.08.13
誰でも

 兵庫県を舞台に2024年春から続く騒動は、いち地方自治体の問題というだけではなく、この日本の政治や社会の今後を揺るがせる一大事として広く関心をもたれ、議論の対象となっている。私は、報道機関の記者として公益通報など内部告発を受け、それらを端緒に取材を重ねることで内部告発をできるだけより良く社会に還元しようとする仕事に長年携わってきた者として、また、そうした公共情報の流れを支える基盤のあるべき姿を探究してきた者として、その議論に進んで参加し、その結果、図らずも、その騒動の渦中に身を置くことになり、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を介して流布される陰謀論の客体にもされるはめとなった。この本は、私の視点で、その経緯をたどり、その時々に考えたり、講義したりスピーチしたり、取材に答えたりしてきたこと、発表してきた論考やスピーチ原稿を引用しつつ、新たに文章を書き下ろして編み上げたものだ。

 兵庫県の問題は、第一に、組織の上層部の非を鳴らす内部告発をしたその組織の構成員に対する、その組織のトップら上層部による残酷な仕打ちの典型をグロテスクな形で浮かび上がらせ、公益通報者保護制度の改正の必要性とその限界を示し、第二に、ユーチューブなどSNS上で偽情報・誤情報が荒唐無稽な陰謀論とともに大規模に流布され、それが選挙の結果に大きな影響を与えたとみられる事態を日本で初めて生じさせ、SNSへの向き合い方、SNSの律し方を国政上の重要課題として日本の政治や社会に突き付けた。これら2つの側面から、兵庫県の問題は、日本の社会や政治を揺るがせている。おそらく将来にわたってこの問題とその経緯は繰り返し振り返って参照されることになるだろう。したがって、兵庫県の一連の問題をめぐる事実関係や議論を整理し、書籍にとりまとめておくことの意義は小さくない。

 私は、内部告発者保護をテーマにして新聞記事や論考、書籍を20年以上にわたって発表してきた者として、一連の問題の“草創期”ともいえる2024年4月半ばから、兵庫県政を担当する新聞記者たちの取材に応じ、コメントを出してきた。それらは関西圏で配達される新聞の紙面に掲載されただけでなく、兵庫県議会の議論の場で紹介され、地方自治法100条に基づく調査権限を発動するべきだとの意見を裏付けるために用いられた。私はその年の9月5日、兵庫県議会が百条委員会として設けた文書問題調査特別委員会に参考人として出席し、同県幹部職員による内部告発への同県知事の対応の違法性を指摘する意見を述べ、それは大きく報道された。9月19日、兵庫県議会は「告発文書への初動やその後において、対応が不適切、不十分であった」との理由で知事への不信任を全会一致で決議し、同月30日、知事は失職した。その経緯に、おそらく、私の意見は少なからず影響を与えただろう。

 2024年11月17日に投開票がおこなわれた兵庫県知事選挙はかつて前例のない展開をたどった。現職知事の失職に伴う知事選だったこと以上に異例だったのは、根拠の定かではない真偽不明の情報や事実と異なるデマ情報が、政見放送やポスター掲示場、SNSで大規模に流布・拡散される現象が生じ、その内容が有権者の関心をひき、それが、失職した前職の再選に大きく寄与したとみられることだ。その過程で、新聞やテレビといった既存マスメディアは、それらの情報を報じないことを逆に有権者から厳しく批判された。新聞やテレビは“オールドメディア”との烙印を押されて、その実態以上に貶められ、それらの発信する情報がなかば無効化され、代わりに、真偽不明情報やデマが空隙を埋め、多くの人々の認知を歪めた。これが大きな要因となって、選挙時のSNS上の偽情報・誤情報への対応は国政上の重要課題として認識されるに至った。

 前述したように知事選に先立つ9月5日の百条委員会で、私は、知事の公益通報対応の違法性を指摘し、それが大きく報道され、SNS上でも話題になった経緯があった。そのためなのだろう、11月初旬以降、私自身、SNS上を中心に誹謗中傷やデマ、個人攻撃にさらされた。これは前述の“現象”の一部をなすものだといえる。私は、知事選の候補者でもなければ、運動員でもないし、だれかを応援する立場にもなかったが、いわば当事者として“現象”を観察せざるを得ないはめとなった。

 私は、自分自身の、こうした観察や経験をそのときどき、勤務先の上智大学で、新聞学科の授業の中で取り上げて、学生らと議論を重ねてきた。兵庫県の告発文書は、報道機関の記者に送付されており、すなわち、これは報道機関に対する内部告発であり、したがって、新聞論やジャーナリズム論の授業のテーマにふさわしい、と私は考えた。SNSの拡散力を生かし、偽情報や誤情報を織り交ぜて刺激的な情報を発信し、既存のマスメディアを敵視することで人気を集めようとする政治勢力が勃興する動きは、私自身、メディアやコミュニケーションを研究の対象とする新聞学科の一員として2022年から関心をもってウォッチしてきており、兵庫県知事選とSNSの関係もまた、ジャーナリズム論の授業で取り上げて議論するにふさわしい。そのように考えて折々の授業で考察を重ねてきた。その内容をこの本に採り入れた。

 兵庫県の一連の問題をめぐって、これまで、おびただしい量の報道がなされ、真偽ないまぜの情報がSNSで流布されてきている。それらの情報が増えれば増えるほど、この問題の事実関係やその本質は、多くの人の視界の中でぼやけていき、見えづらくなっている。議論の方向はひんぱんに変わり、同一人物がときによって正反対の意見を唱えることさえある。当初の認識は後からの認知によって上書きされがちで、そのときどきの認識を後から思い起こすのは難しくなっている。私は、当初からできるだけ記録を残すよう努めてきており、この本ではそれらを生かし、その時点その時点の認識や意見をそのままつづることにした。それに重ねて、最良の証拠資料を参照して経緯の詳細をたどり、事実関係の全体像を俯瞰し、議論を整理することも、この本で私が目指すところにしたい。

Ⅰ 発端
 1 だれも知らない告発文書に火をつけたのはだれか
 2 私が兵庫県の問題に関わることになった経緯

Ⅱ 百条委員会で追及
 3 全国ニュースへと展開、百条委員会と第三者調査委員会が発足
 4 兵庫県知事は何を間違えたのか――「前時代的な仕打ち」
 5 真実と信ずるに足りる相当の理由がないとは断定できない
 6 百条委員会で参考人として申し述べた知事の対応の違法性
 7 斎藤知事に対する証人尋問と不信任決議
 8 公益通報者保護法が報道機関に期待する振る舞い

Ⅲ 知事選挙
 9 デマ、偽・誤情報、個人攻撃が横行した兵庫県知事選
 10 私に対するデマや陰謀論、誹謗中傷、個人攻撃
 11 立花孝志氏、SNSで支持拡大、新聞・テレビに矛先
 12 「異なる世界」への分断が現出

Ⅳ 広がる波紋
 13 五百旗頭理事長が倒れた日の出来事を副理事長が証言
 14 想像してみてください……日弁連シンポジウムの基調講演で
 15 SNSと選挙をどうするかが国政上の課題に浮上

Ⅴ 調査結果
 16 百条委員会が報告書、「救済などの措置を行う必要がある」
 17 第三者調査委員会が報告書、「通報者探索は違法」と断定

Ⅵ 何が問われているか
 18 ここは国の出番なのではないか、自浄能力喪失の兵庫県に
 19 消費者庁が兵庫県に「適切な対応を」、衆院で法改正案の審議始まる
 20 法改正案を審議する衆院委員会で参考人として意見陳述
 21 知事側近から元県民局長の私的情報が外部に漏洩
 22 公益通報者保護法改正法が国会で成立、附帯決議で
 23 内部通報制度の重要性が兵庫県の失敗で照らし出されている

Ⅶ 突きつけられた課題
 24 「民主政の死」を回避するために

あとがき

  注
 年表

岩波書店ウェブサイト:https://www.iwanami.co.jp/book/b10160890.html

2026年6月4日夜にYOTSUYA BOOKSで開かれたトークイベントの動画視聴:https://hyogo-bunsho-archive.peatix.com/ (有料、2026年8月31日まで)

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